Final Update Jan. 05, 1998

再び安定性について

アミとクジラついて

クジラの主食はアミと呼ばれる小さなエビの一種である。 アミがたくさんいると、クジラにとっては食料が豊富なので、 クジラもだんだん増えてくる。しかしクジラが増えすぎると、 たくさんのアミを食べるので、アミの数が減り、クジラは食糧難になる。 そうしてクジラは減り始める。天敵であるクジラが減ると、 アミは増殖する。このように、アミの数とクジラの数は、 少し位相がずれて増減を繰り返すものなのだそうだ。もちろん、 ある数のアミとある数のクジラの時にはバランスする状態があって、 定常状態を保つことも理論的には可能なように思われるが、 ほんのわずかの外乱があれば上記のような周期変動が 起こってしまうのであろう。

高速道路の自然渋滞

高速道路で自然渋滞が発生する。 日曜日の夕方の中央道の上り線などはその最たるものである。 あまり交通量が多くなく、車がある程度以上の間隔をとって走っているときには、 ある一台の車が少し減速しても、その影響はだんだん薄れて、 数台後ろを走っている車にはまったく影響が残らないであろう。 しかし、非常に混雑して車両同士の間隔が狭くなっている場合を考えよう。 ある車がほんのわずか減速しても、 直後の車は過敏に反応してそれ以上に減速し、 そのまた後ろの車はもっと減速する、 という風にだんだん増幅されるであろう。 つまり、車両密度がある限界以上になると、 一台の車のわずかの減速がどんどん増幅し、 だいぶ後ろでは完全に停止するような事態が生じる。 これを自然渋滞とよんでいるのである。 交通工学の分野でこのような安定論的な議論はどの程度進んでいるのだろうか。

層流から乱流へ

そう、安定論といえば何といっても「層流安定論」である。 オズボーン・レイノルズ(Osborne Reynolds)が管内流れに層流と乱流があり、 それが後にレイノルズ数と名付けられることになる無次元数によって 支配されることを発表した1880年代以降、 ゾンマーフェルト(Sommerfeld)などによる層流安定論が発展した。 すなわち、円管内の流れはどんなに高速で(つまり高レイノルズ数で) 流したとしても、放物線状の速度分布を持つ「層流解」が存在するにもかかわらず、 ほんの小さな外乱によってたちどころに乱流に移行(伝統的に「遷移」 という言葉が使われる)してしまうのである。ゾンマーフェルトの理論は、 層流の流れの中にほんのわずかの振動を与えたときにそれが増幅されるか 減衰するかで、乱流へ移行しようとする傾向にあるかどうかを判定 しようとするものである。流体力学ではこのような安定論がおよそ 100年も前から発達してきていることになる。

カルマン渦

1910年代のドイツ・ゲッティンゲンでのこと。 若き日のカルマン (von Karman 2カ所のaの上にアクセント記号が付く)が、 当時すでに流体力学の大御所であったプラントル(Prandtl)先生 の元に留学していた頃のこと。ヒーメンツという学生が実験を手伝っていた。 プラントルは自分が提唱している「境界層理論」 の妥当性を確認する研究の一環として、 円柱に働く力を測定することをヒーメンツに指示していた。 周到に準備した回流水槽に円柱を入れて実験を開始したヒーメンツは、 流速が上がってくるにつれて流れが揺れ出すことに気がつき、 プラントルに報告した。 「境界条件が対称ならば流れも対称になるはずだ。そうならないのは 君の作った実験装置が悪いからだ。 きっと円柱が真円でないせいだろう。」 としかられたヒーメンツは来る日も来る日も円柱を作り直し、 水槽を改良していた。カルマンのヒーメンツに対する朝の挨拶は 「どうだい、振動は止まったかね。」答えは、 「相変わらず振動してますよ。」であったと言う。 そのときカルマンは、「振動が起こるのは実験装置が悪いからではなくて、 振動が起こる必然性があるためではないか。」と考え、 この問題に取り組み始めた。 円柱の後ろに交互に吐き出される渦の配置に関するカルマンの研究成果は有名で、 カルマン渦と呼ばれるようになったのである。対称な流れが不安定になる例である。

経済変動の周期性

このところ景気の低迷は深刻な社会問題を生じている。 戦後のどん底からの経済成長の中で、さまざまな出来事がきっかけで 景気の大規模な浮き沈みが起こっている。 朝鮮戦争特需や神武景気や所得倍増など景気浮揚要因があったり、 オイルショックや貿易摩擦などが足を引っ張ったりと、 確かに「要因」があって景気変動が起こっているのであるが、 全体としてみると5年程度の周期で振動しているようにも思える。 そうだとすれば、「アミとクジラ」や「カルマン渦」のように、 振動することの必然性があって起こっている、と考えたくなる。 経済学にはまったく素人の私には、 そのような振動を表すようなモデルがあるのかどうか知らない。 もし無いとしたら、経済学者の今後の研究を期待したい。 個人個人や企業の欲を定量的にモデル化することや、 密接になった国際関係を数学的に記述することの困難さが 並大抵でないことはわかるが、何らかの簡略化でモデルの構築ができないものか。 いや、ひょっとしてそのような予測はすでにできていて、 社会的な影響が大きいので公表されないのだろうか。 「これから景気が悪くなるぞ」と言ったら、みんな株を売って、 悪化の程度をよりひどくさせてしまうのだから。
水野宛のメールは mizuno@fluid .mech.kogakuin.ac.jpまで

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