Final Update Feb. 13, 1998

冬のオリンピックと流体力学

長野で冬季オリンピックが開催中で、日本人も大活躍である。スピードを競う競 技種目が多い関係で、服装や道具の流体力学的特性が重要になる。

テレビで見ていたら、スピードスケートの服装だったと思うが、でこぼこのつい た生地が使用されていて、「ゴルフボールのディンプルと同じ原理で抵抗が減る のだ」という説明であった。たしかにでこぼこは層流境界層を早く乱流に遷移さ せるのに役立ち、乱流境界層は層流境界層にくらべてはるかに剥離しにくいとい う性質があることから、納得できることである。しかし、もっと理想的なことを 言えば、でこぼこを付けるのは剥離が発生する直前の部分だけでよく、それ以外 はなめらかな方が抵抗が少ない。安定な層流境界層の部分では乱流に遷移しない 方が有利なのは流体力学の常識なのだから。もっともそのように、でこぼこ部分 となめらかな部分が混在するようなスキーウェアを作ろうと思ったら、どの部分 で流れが剥離するのかを3次元的に解析して把握しておく必要があり、かなりの スタディーが必要ではあろう。

もう一つの話題はスキーのジャンプである。流体力学界の世界的権威であった故 谷一郎先生がジャンプの時に体を前方に傾け、腕をぴったり腰につけて飛ぶのが いい、と提案したのは戦後間もない頃であったそうだ。この提案は長い間受け入 れられなかった。だいぶ経ってから、しかもノルウェーなど外国でこれが採用さ れて優秀な成績を収めるにいたって、日本でも遅ればせながら注目されだした。 札幌での笠谷の金メダルは、谷理論の先駆けであったという。よくありがちなパ ターンだと言ってしまえばそれまでだが、もっと早い時期にいい提案を採り入れ られなかったものかと、ちょっと残念に思う。

谷先生の話題が出たついでに一言先生の思い出を記そう。谷先生が亡くなられた のは1990年であるが、私がドイツのボッフムに客員研究員として滞在 していたときに(1984年夏だったと思うが)、谷先生がコペンハーゲンの会 議を終えた後立ち寄られた。このとき乱流境界層の相似則についての講演をされ た。ゆっくり考えながらしゃべられる英語は決してペラペラという感じではなか ったが、論理的で説得力があり、世界に通じる一流の研究者の風格を感じたもの であった。

スポーツの話題に戻ることにしよう。服装の表面材料としてリブレットが着目さ れつつあるようだ。リブレットというのは物体表面に数十ミクロン程度の細かな 溝を流れ方向に付けるもので、乱流境界層の縦渦構造を抑制することで境界層の 構造を変えてしまうことで抵抗を低減しようとするものである。最近は数値計算 (Direct Numerical Simulation)によってそのあたりのメカニズムを明らかにしよ うとする研究も進んでいる。しかし、これは乱流境界層に対する方法であって、 層流の部分に適用しても効果は出ないであろうし、ましてやリブレットの溝の方 向を誤れば、明らかに不利になるわけで、ここでもやはり流体力学は大きな役割 を演ずるであろう。


水野宛のメールは mizuno@fluid .mech.kogakuin.ac.jpまで

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